魔女

その人は、先生が言うには「心の病気」で、学校に来ても教室には入らず、保健室で一日を過ごしていた。病的なくらい色白で細面の、今から思うと綺麗な顔の造りの人だった。

保健室にいるときの彼女は、ノートを広げて熱心に書き物をしたり、保健の先生と楽しそうに話したりしていて、その快活な様子は「心の病気説」の説得力を著しく損なった。先生の説明を信じる者はおらず、生徒間での彼女の評価は、仮病で授業をさぼる「ずるい女」だった。

しかし私はというと、彼女はひどく体が弱いのかもしれないと考えることで先生の説明を無理に飲み込んでいた。私は学校に行きたくないときには仮病を使って休んだし、自分自身がずるい人間だと わかっていたから、妙な潔癖感でもって彼女を非難する気にならなかったからだ。それよりも、別の感情が私を支配していた。

気分が悪いといって授業を休んだ保健室で、私は彼女と何度か話をしたことがある。彼女との会話は、手札を覗かれながらするトランプのゲームだった。会話の途中、予想できないタイミングで彼女は笑う。それが私には心を読みとられているようで気味が悪かった。彼女の骨が浮くような細い体は醜く、彼女の白い皮膚は禁忌すべきものに思われた。私にとって彼女は年老いた魔女だった。

私の知らない教室、私の知らない学校を彼女は知っている。私は時折一人で歩く授業中の廊下が好きだったが、彼女は毎日そこを闊歩している。私が仮病を使って早退する時に利用する保健室も、彼女にとっては この学校の表の顔でしかない。世界は、私が見ているものとは異なる姿を彼女に見せていた。私は彼女の住まう世界を知りたいとも思ったが、そこから逃れたい、見なかったことにしたいとも思った。

そうして結局、私の中で不安が勝った。次第に彼女の姿は見えなくなった。記憶は薄れ、彼女がその後どうしているのか、一緒に小学校を卒業したのか それとも転校していったのか、それさえも定かでなく、卒業アルバムを河に流してしまったので確認する術はない。