リストラされるかもしれない。でも、しっかりやろうねえ。
年度末に雇用調整(首切り)を行う。役員からそう説明があった*1。多くの人たちは既に転職活動を始めている。
でもぼくは、身を入れて履歴書やエントリーシートを書く気になれないでいる。
ぼくもリストラされるかもしれないのだ。
でも、職を失うとして、それが良いことなのか悪いことなのか、正直ぼくはよくわからない。
人生オワタ\(^o^)/
みたいな逆説。*2
もちろん安定した収入源を失うことは怖い。(すごく怖い)
しかし、自分の意思決定と関係ないところでこの生活が終わってくれるなら、かえって清々するようにも思うのだ。要は、自己責任を問われない形でこの生活を「御破算」にしてしまいたいというズルい考えである。
こんなことをここに書くのも恥ずかしいのだけど、ぼくは未だにこんなステージから先に進めないでいる。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
宮沢賢治 銀河鉄道の夜
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
ある程度の備えはあるし、ぼくには配偶者も子もない。借金もない*3。足下が暗くても、明るいほうを向いて、歩いていけると思う。どういう結果になるにせよ、しっかりしなくちゃなあ、と思う。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが云いました。
*1:希望退職募集→目標に達しなければ退職勧奨→整理解雇
*2:「人生を終わらせたくなるような悲観的な状況に陥っているのにもかかわらず、嬉々とした表情で万歳をしているという大きなギャップ(または開き直り)が特徴である。」(人生オワタ - Wikipedia)
*3:ローンを組んでマンションを購入した人たちは、当然のようにボーナスと昇給をあてにしており、かなり深刻そうだ。