「ぼくはここにいない」――渡辺玄英「火曜日になったら戦争に行く」
この詩集を買った日のことをおぼえています。
春日駅の近くの「なか卯」で朝食をすませて店を出ると、幼稚園の制服を着た子が「太陽がない!」とさけんで、手をひく母親にしかられました。空には厚い雲がかかっていました。
会社は、いつものように、まのびしていました。ずっとネットをみていました。
そうしてこの渡辺玄英の詩集「火曜日になったら戦争に行く」を見つけました。そこで引用されている詩を何度も何度も読みました。このような才能に、一日にふたりも、出会うとは。
会社を5時に飛び出して、神保町の三省堂書店に寄って、詩集を買って帰宅しました。雹さえ降るんじゃないかというような日でした。
ぼくはここにいない
と
犬が吠えてるね
(ふるえるくうき
そのすきまに
ぼくは隠れています
(夢みたい すぐ消える*1一部だけど、ぼくは初めて詩を暗唱しました。
ときどき会社帰りに首都高の高架下で「ぼくはここにいない」とつぶやいてみて、
ぼくはここにいない
しばらくおいて「…と、犬が吠えてるね」とつぶやく。
ぼくはここにいない
と、犬が吠えてるね
そうすると、「ぼくはここにいない」とつぶやいた「ぼく」はすこし遠くになる。
ぼくはここにいない
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
もう一度。
ぼくはここにいない
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
何度も。
ぼくはここにいない
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
何度も。
ぼくはここにいない
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
と、犬が吠えてるね
ぼくはずっと遠くにいってしまう。
と、犬が吠えてるね
- 作者: 渡辺玄英
- 出版社/メーカー: 思潮社
- 発売日: 2005/11
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*1:渡辺玄英「すこしかたむくと」